霊界物語の仮名遣い

 言霊(ことたま)という観点で考えると、仮名遣いの用法というものはとても重要です。
 広辞苑などの辞書には、新仮名だけでなく旧仮名でのも表記も書いてありますが、王仁三郎が説く仮名遣いは、それらに掲載されている仮名遣いとは若干異なる部分があるようです。

(1)「ちゅう」ではなく「ちう」

 霊界物語(校定版)第16巻の『あとがき』に、校定版の編者が次のように記しています。

一、第十五巻より、従来の仮名遣ひを改め、きゆう(宮・弓)、しゆう(宗・衆)、じゆう(従・戎)、ちゆう(中・注・誅)、ぢゆう(重・住)、にゆう(乳)等は、きう、しう、じう、ちう、ぢう、にう、とすることにしました。
理由としましては、著者出口聖師が、大正十五年十一月号の“神の国”誌上に「筆のすさび」と題し
「……(きしやにちゆういすべし)と書いた事がある。学者の多い鉄道省のことだから(きしやにちういすべし)と改めて欲しいものだ。」と書かれてゐるのによったものであります。
霊界物語の口述、刊行されました大正十年代は、国語の仮名遣ひについて、相当国論の沸いた時代であり、種々の仮名遺ひがなされたと思はれますが、著者出口聖師の主張を実行さしていただくことにしました。

 広辞苑を見ると、

宮・弓・宗・衆・従・戎・中・注・誅・重・住・乳

はいずれも「ゆ」が付いて

きゆう・しゆう・じゆう・ちゆう・ぢゆう・にゆう

になっていますが、王仁三郎はそうではなく、「ゆ」が付かない

きう・しう・じう・ちう・ぢう・にう

と書くのが正しい、と言っているのです。

 機関誌『神の国』に掲載された「筆のすさび」という文章は、『出口王仁三郎全集』第5巻p442に収録されていました。
 次のような文章です。

(略)今一つ可笑しいのは汽車の踏切りの立札である。大抵の札には(きしやにちゆういすべし)と書いた事である。学者の多い鉄道省のことだから(きしやにちういすべし)と改めて欲しいものだ。
(注・第16巻の文中の「書いた事がある」の「が」は、「筆のすさび」を見ると、「で」の間違いである)

 現代は仮名遣いが全く異なってしまったので、わかりにくいですが、これは当然、発音も違うのでしょうね?
 「ちゅうい」は「cyu-u-i」で、「ちうい」は「chi-u-i」と発音するのだと思います。

(2)「ん」とか「のである」

 木庭次守・編『新月の光』に、「んを改む」という題で次のように書いてあります。

(王仁校正の最終の校正への注意として)
『霊界物語』の中の「ん」という言葉は、言霊学にはないから「ぬ」「む」と改めてくれ。
(大本横浜別院にて 昭和九年 波田野義之氏拝聴)

 また、「のであるは嫌い」という題で次のように書いてあります。

(王仁校正の最終にあたり注意事項として)
『霊界物語』の中の「のである」は嫌いだから改めてくれ。
(大本横浜別院にて 昭和九年 波田野氏拝聴)

 「~のである」は「~なり」と改めるのかな?
 霊界物語ネットの霊界物語には「ん」も「のである」も使われていますが、底本でそのようになっているのでそのままにしてあります。

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