新コーナー「調査研究レポート」細かい話はこちらに載せます(9/2)

台湾に関する歌(3)二回目の巡教の時に詠んだ歌

王仁三郎が、昭和6年(1931年)1月の第2回目の台湾巡教の時に詠んだ歌です。
ここに掲載されている歌は『出口王仁三郎全集』第7巻p113~127に収録されているものです。
元々は『神の国』等の機関誌に発表されたものだと思いますが、原出は不明です。

年末雑詠

春立てば台湾島たいわんたうに渡らむと師走の部屋にひとへもの

台湾航路

常夏の高砂の島に渡らむとトランクに単衣ひとへあまた詰めたり
船のまど開きて見ればわだなかにうかびて青き淡路島山あはぢしまやま
瀬戸のうみ船乗りゆけばみぎひだり波路はるかにかすむやまやま
ぽつぽつと月にうかベる瀬戸の海の島山しまやまひくし月夜あかりに
スクリユーの音たかだかと枕辺まくらべにひびきて船のは更けにけり
波のにまがひて浮ける白鳥しらとりはねしろじろとに輝けり
昨夜よべあれし海とも見えずしづかなる波のに照る天津日あまつひかげ
瀬戸の海なみぎたれど目路めぢ遠き御代みよケ島根に白波の寄す
たそがれの五百重いほへの波のはてとほく壱岐いきの灯台かがやける見ゆ
きのふより島かげ一つ眼にらぬ大海原おほうなばらの船にわれあり
どさりどさりふなばたをむおほなみのうちくだけては又襲ひ来る
明日あすははや高砂島に着くといふ夜更よふけ目覚めてなみを聴く

台湾所見(一)

相思樹さうしじゆの生ひしげりたる丘の辺にあかき瓦の家一つ見ゆ
竹竿たけざをを手に握りつつ島人しまびと家鴨あひるを追ひてかへり行く見ゆ
桂竹けいちくのえだざわざわと風ありて台湾からす一羽とびゆく
水面にあまたうかべるあひるをば小舟に追ひてをみなかへりぬ
牧童に見まもられつつ清川きよかはに水牛あまたあそぶしづけさ
生蕃せいばんのやま焼くけむり炎炎えんえんと大空を焼くいきほひを見す
水牛と話しながら島人しまびとの家路にかへる黄昏たそがれしづけし
春はやも短冊まきのあをあをと苗代田なはしろだ見るほうらいの島
あかき椰子やしこずゑに流れつつ風さやかなり台湾の冬
草山さうざんのこの谷のみはもみぢの散りて裸木はだかぎたち並ぶ見ゆ
はつはるのはうららなり草山さうざん温泉いでゆのけむりしづかにのぼる
七星山しちせいざん峰よりおろすあらしにつれて宿やど雨となりたり
七星山しちせいざん 獅子頭山ししとうざんにくもきてあめ降りでぬ草山さうざんのさと
曲水きよくすゐの庭の小池はうすにごりるるともなき草山さうざんのあめ
八丁笠はつちやうがさ着たるしもべのもくもくと池水めり雨降るにはに
七星屯しちせいとん 面天めんてん 獅子頭ししとう 観音の高嶺たかねのこらずはれわたる朝
青山あをやま四方よもにめぐらす草山さうざんの朝のながめは天国に似し
のきをながるる小川に台湾娘チヤボランきぬあらひ居りはうららにて
たそがれてまだ帰りぬわが友は草山さうざんの湯にほとびゐるらし
夜更けまで雨戸も締めず曲水きよくすゐの池に浮べる月にしたしむ

台湾所見(二)

霧ふかみ谷の向ふの崖道をとほる自動車のふえのみきこゆ
朝庭あさにはの千両の実はあかあかと目にしみらなり温泉の宿にして
相思樹さうしじゆのはやしのこずゑ吹く風に硫黄温泉のかをるわが庭
かめけし椿つばきのはなの一輪いちりんにこころ足らひて夕暮を居り
一月のはじめなれども草山さうざん温泉いでゆの里はくつわ虫なく
わがたちにもしも温泉いでゆのひけるならばなどといくたび思ひ重ねつ
山羌キヨンの声やみの林にきこえつつ温泉いでゆの夜は静かに更けゆく
しろじろと泰山木たいさんぼくの花にほふ二水にすゐの宿のあさなつかしも
ひろびろと流れしらけて濁水渓だくすゐけいの果てはかくるる曇りの空に
東南の空を仰げば新高山にひたかやまいただきとほく雪にえたり
老木の幹にからみしつたかづら紅きを見つつ登る阿里山ありさん
阿里山ありさんの宿のあしたの窓開けて谷よりのぼる雲に興じぬ
水仙のはななつかしも一月の高砂島たかさごじまの野辺しめて咲く
水牛の田をくなべに白鷺しらさぎのつぎつぎにるる見つつあかなく

台湾所見(三)

蓬莱丸ほうらいまるは海上のうすもやをきつてスクリユーの音勇ましく進んでゐる
台北市の宿の相思樹さうしじゆすがしい白頭鵠ペタコウが鳴く、総督府の屋根が朝日に輝いて
天孫民族のおもかげしのばれる、生蕃人せいばんじんのたくましい顔
相思樹さうしじゆ、なんといふ素的な名だらう、帰りたくない高砂の島
(作成:2007/9/19)
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