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台湾に関する歌(1)台湾紀行詩

王仁三郎が、昭和2年12月の第1回目の台湾巡教のときに詠んだ歌です。(「月の家」は王仁三郎の雅号)
機関誌『明光』昭和3年2月号と3月号に発表されました。

(■は印刷がかすれていて読めない文字です。フリガナは底本にはほとんど振っていませんが、読みやすいように当サイトで付けたものもあります。)
台湾紀行詩
月の家
(一)
神の稜威も高砂の  嶋第一と唄はれし
雨の港の基隆に  輝き昇る神竜の
勢ひたかき旭ケ丘  眺めも清き海の雨
金浪銀浪おどらせつ  今日は目出度港入り
船は吉野や蓬莱に  逢ふも嬉しき常夏の
緑の山々美はしき
(二)
山緒は深き淡水の  紅毛城に戎克船
大屯颪を帆に受けて  静に辷る川の面
観音山は背を伸ばし  太平洋に水鏡
写す姿の円満な  日月淡の秋の月(潭)
浮世の汚れ荒浪の  清き小唄や杵の音
きいて寝る夜の夢恋し  力打ち込む杣の斧
入仙山に谺して  桧や松のこぼれ露
溢れて色添ふ常磐木に  風情も阿里の桧山
昔ながらの神木と  共に呉鳳の名は薫る
(三)
畏れ多くも帝より  寿山の名を賜ふ
誉れも高雄の水の郷  思ひ出汐に月見船
仰ぐも嬉し我国の  南の端は鵝鑾鼻がらんび
灯火恋しやなつかしや  吼ゆる怒涛の唯中を
今帰り行く沖の船  島に名を負ふ太魯閣峡たろこきよう
東洋一と唄はるる  山また山の絶景を
繞る流れの囁きは  大和男子の魂を
清く涼しく常永に  研く栞となりぬべし
晴れて麗らな霊峰の  新高山の朝景色
動かぬ御代の祥かも  心清めて御栄えを
祈る言葉に曇りなし  島根を鎮めの御柱と
仰ぐ北白川の宮  畏こき神とあれませる
恵みの流れ謹みて  汲み上げまつり民草の
心も一つに固まりて  宇都の高砂常永に
栄え行くこそ芽出度けれ  栄え行くこそ芽出度けれ
(四)
月夜を船の手枕に  結びし縁も淡水の
水も温まむ旭光の  恵みを基に隆盛の
旭ケ丘をめぐり来て  誰に迷はむ恋の道
行方も知れぬ大海の  主の情けも変らぬ灯影ひかげ
その鵝鑾鼻の動きなき  末は程よき太魯閣の峡へ
映ゆる御光もうるはしく  末広がりの豊けき代
永久までも蓬莱の  楽土に遺す名こそ高けれ
(五)
高砂の島の港の朝霞  あけぼの染の旭ケ丘や
海原遠く彭佳峡に  雲の袖なす沖津浪
眺めも涼し群かもめ  吹く朝風に舞ひ上り
姿白々白雲を  行方はいづく淡水に
よせてはかへす浦の浜浪  流れも清し川の面
すなどり舟のとりどりに  莚帆あげて漕ぎ上る
船唄ゆかし風涼し  遙あなたに円山の
島の宮居の大鳥居  神々しくも有難き
見渡せばしこの山々峡々として  雲を横たへ天を摩す
神代のままの其姿  山深ふして谷せまり
飛瀑落下す三千丈  巨木鬱蒼として昼猶暗く
山また山の大名題  中に気高き新高山
我日の本にならびなき  誇りも見せて頼もしや
その山裾の絵巻物  阿里の御山も日月潭も
一日千本桧山  鏡にうつる美くしさ
遠くかすむは八仙山  尊き御名に因むらん
みかどの雉ぞ群れ遊ぶ  其名も高き太魯閣峡
雲の懸橋鳥もためらふ
(六)
蓬莱の寿山は未申  高雄の入江眼の下に
砲台山や小琉球  色とりどりの旗後の町
大船小船賑やかに  栄ゆる御代の南の果は
鵝鑾鼻とこそ知られけれ
(七)
あな美くしの高砂や  あな麗はしの蓬莱や
かかる芽出度き仙郷を  たづね来し身の幸深し
(八)
緑したたる剣潭の  台湾神社伏し拝み
神の園生に休らへば  松吹く風の涼しさよ
(九)
下界の響絶え果てて  天上の楽聞え来る
久遠の空に霊峰の  新高山は聳えたり
(十)
神さび立てる神木の  阿里山こそは宝山
宝を積める汽車の上  変る景色の面白さ
(十一)
繋ぎ立木の数しれぬ  八仙山は富の山
千古を語る森韻は  飛下仙人のささやきか
(十二)
断崖絶壁打つづく  神のたくみの岩ケ根を
東海岸の随一と  呼ぶは理り太魯閣峡
(十三)
日月潭の名に負ひて  月日に進む文明は
水電起る湖の面  昔ながらの丸木舟
(十四)
荒浪越えし黒船の  平和の夢を醒せとや
基隆港の金銀波  旭ケ丘の日の出かな
(十五)
静けき浪に水鳥の  浮寝に似たる百船を
一目にうつす高雄港  寿山の月のかげ
(十六)
大屯山の朝ぼらけ  観音山の夕まぐれ
流れつきせぬ河水の  淡水港の長閑けさや
(十七)
黒潮躍り■と降り  大潮咽び玉と散る
バシ海峡の鵝鑾鼻がらんびは  地上に星の光りあり
(十八)
嗚呼天恵の島なれや  アア南海の幸なれや
別格二景かぐはしく  雄大壮絶八ツの景
(十九)
峯には消えぬ千古の雪  空に白扇かけまくも
畏こき限りそのかみの  明治の御代の御門より
日本一の名山の  富士を凌ひで新高と
御名賜はりし誉れこそ  伝へて代々に高砂の
島のほこりの八ツの景
(昭和二、一二、一四日台湾草山にて)
(二十)
雨の港の波風を  静めて昇る旭ケ丘
その勢いは日の本の  恵みの光島人に
わかちて分けてともどもに  御代万歳と寿きの
山の名さへも高雄港  外国船も国船も
仰ぐは御代の光なる  島の南の鵝鑾鼻がらんび
雄々しく立てる灯明台  姿そ御代の栄えなれ
姿そ御代の栄えなれ。
(二十一)
仰ぐ照る日はまばゆいけれど  月の女神はやんわりと
抱いてはぐくむ日月潭じつげつたん  月に風情の独木舟
しこの女神が恋乗せりや  それを噺して杵の音
爰にも恋は阿里の山  三千年の昔から
変らぬみさほかへぬ色  匂ふ桧の香に高い
恋ならなくに呉鳳さへ  命を捨てて荒しこの
首の欲しさを休めさせた  それをどうしてこなさんは
死んでくれいと云はしやんす  命惜しいぢやないけれど
死んで花実が咲くものか  年にお米が二度取れて
ままになるではないかいな  杣の小唄をアレ聞かしやんせ。
(二十二)
金のなる木は八仙山よ  切れば切る程金になる
啌じやないぞへ本間ぞへ。
(二十三)
竹の柱にかやの屋根  欲を云はねば太魯閣峡たろこきよう
こごしき岩や石の角  縁を潜つてささやいて
浮世いやとは石清水  つもれば川と云ふ字にも
寝られやうぞへこれもうし  水に縁ある浮き沈み
あの淡水のみなとさへ  昔の夢を啼く千鳥
砂に埋まる苦界から  浮び出したじやないかいな。
(二十四)
契りは長し蓬莱の  島に年経む尉と姥
御国の富と御栄えを  植えよ育てよみのらせよ
生めよはぐくめ地に充てよ  そして子宝国たから
抱いてうれしい宮参り  島の鎮めの大社
裾を流るる剣潭の  ながれはよしや涸るるとも
北白川のながれこそ  永久に尽きせぬ目出度さよ
とはに流るる芽出度さよ。
(二十五)
その昔竹の園生の御身もて  行方もしらぬ高砂島へ
北白川の宮柱  尽きぬ流れへ架け渡す
御代こそ変はれ明治橋  渡るも嬉し大鳥居
対に並んだ灯篭は  互の胸も相思樹の
木立ものふり神さびて  この面かのもに影あれど
君の御影に増す影も  なくて賑ふ御祭礼
いや諸共に手を曳いて  玉垣めぐらす神苑に
名所踊りの舞納め  治まる御代を円山の
鶴も八千代も祝ふらむ  亀も万代唄ふらむ。
(二十六)
草枕旅にしあれば憂き事も  重なる山の山間を
登る細道下る坂  浮世の隅へ厚情け
架けし釣橋打渡り  尉と姥との旅なれば
何んの苦労も内証の  笑ふて越ゆる太魯閣峡
にほかに展く黒潮の  岸打つ浪の音さへも
届かてはるか千仞の  崖は屏風の切り落し
手に手をとりてこはごはと  命を的にのぞき見の
また見ぬ人に見せ度きは  実に仙人の斧の跡。
(二十七)
九十九折のぼりて爰に月のうみ  日の湖かけて独木舟
月に浮べて秋の夜を  心もついに浮島の
漕ぐ程もなく澄み渡る  生蕃しこの乙女の杵音に
現つ心や夢こころ  あひをぬけ出てまぼろしの
岸の山かげ月あかり  つきぬ思ひを船の上
千々に砕いて水馴棹みなれざを
(二十八)
さす手引く手の静かさに  語らふ恋も渚まで
ついて一夜の夢むすぶ  蕃社に一つ流れ星。
(二十九)
おぞましき砲台山も月草の  うつれば変る大御代に
平和の名ある公園の  静に夜るのとざされて
雨の港に灯がうるむ。
(三十)
あれおちこちの漁火を  鏡の海に影ひきて
山かと疑ふ大船の  どれへ心のかかり船
島へきた日を指折りて  一イ二ウ三イ四ウ六ツの鐘
明けて外面は渚の音  高き旭ケ丘の上
実に美はしき基隆の  朝日の景色ぞ類ひなき。
(三十一)
ふもとなる土手に杖を突き  初めてよしや歩みのおそくとも
気長に登る山路を  行くや桧の夏木立
山また山の重なりて  木魂反へしの杣の斧
己が心の古疵を  しばししのぶの遠方に
人無きあたり声のして  鄙唄ひびく大並樹
翠したたる其影に  憩ふて汲みし水の味
忘れ兼たる頂上の  見る眼に広く風かほる
八仙山の四方の景。
(三十二)
我日の本の南端や  沖に鯨の潮けむり
岸に岩かむ浪かしら  飛沫を浴びて幾仭の
天柱高き白堊はくあこそ  実に鵝鑾鼻と名のつきて
勇壮悲壮豪壮は  言語に絶する斗りなり
夜の惟巾とばりのおろされて  しじまを破る浪音の
高き灯台灯の光  黒く浮き出し海の色
影こそ見えね沖の船  行き方明く嬉しさの
光の精や水の精  無言のままに入乱れ
静に更くる冬の夜る。
(三十三)
常夏の島に恵みを掛巻も  綾に畏こきすめらぎの
明治の君の賜ひてし  さすが名に負ふ新高や
夕陽に映ゆる雲の夜  いろくれなゐに写り行き
神代ながらに神さびて  山のくしびと尊くも
仰ぎて高き高砂の  名所々々の数々を
三筋にひいた糸遊に  いざたはむれて蝶々の
袖も軽げに遊ばなむ。
(三十四)
音にきく高雄の港見渡して  昼もましらの群れ遊ぶ
寿山の山路を  登りて爰に安見知し
わが大君の畏こくも  昔のお成りの貴賓館
仰げば高き檳榔樹びんらうじゆ  椰子の葉かげや常夏の
常世変らぬ山の面  さすがは秋の櫨紅葉
紅葉と聞かば小男鹿の  啼く音にまがふ羗仔きよんの声
手にとる如き旗後の街  昔を偲ぶ花町の
移りてあま苫屋とまやから  煙りの末も空高く
飛ぶ飛行機のあれあれと  眺め見飽かぬ秋景色。
(三十五)
朝かすみ立つや春日の慈悲光に  観音山の立ち姿
水に影浮く淡水の  町段々も一と風情
昔を問へばいと古く  夢もうつつと変る代に
変らぬ景色見するかな  うつらうつらの春日和
浜に楽しき乙女づれ  裾をからげて愧かしや
来た甲斐もあるさまざまの  貝を拾ふて見せ合ふて
日永一日を汐干狩  やがて思ひも満つ潮の
出船入船入江まで  並ぶ戎克じやんくの真帆片帆。
(昭和二、一二、一四日台北にて)
(三十六)
くろがねの道もうねりて登り行く  いくつか峰も阿里山や
見よ深山の蒼空に  そそり立ちたる大木の
杣がふるひし一斧に  倒るる音の物すごき
響を余所に七五三結ひて  幾千代経ぬる神木の
霊気溢るる山の奥  かなたに賤の木遣節
揺らぐ桧の香に濁る世の  心のちりも払はれて
神に仕ふる清き木を  曳く手押す手へ黄昏るる
阿里山寺の暮の鐘。
(三十七)
神代乍らの神の山  御代の宝樹阿里山に
名残り止むる神木の  稍久しき契こそ
高砂島の尉と姥  宇都の棲処と白雲の
余所に見られぬ風情なり。
(三十八)
花咲き匂ふ天恩郷  跡に眺めて遙々と
高砂島の草枕  旅に出て立つ浪の上
千里を渡り基隆の  みなとに月の照り映ゆる
夜半の景色の美はしく  光り輝く旭ケ丘
神の稜威も高砂の  空照り渡る日の丸館に
一夜かりねの草枕  醒ます白頭鵠()の囀は
天の岩戸も暁の春  総督官舎の棟高く
庭園広々生ひ茂る  相思樹の影床しけれ。
(三十九)
海抜一千四百尺  士林庄内草山の
温泉地域に来て見れば  七星山や沙帽山
雲表高く聳えつつ  雲をば起し雨を呼び
我一行の来着を  風の鼓で歓迎する。
(四十)
台湾島にて第一の  大新聞ときこえたる
台湾日々新聞紙  内地の文化に三四年
おくれて不得要領の  盛んに与太を飛ばしつつ
愛善教旨の大本を  曲解したる誤迷論。
(四十一)
永福庄の高地より  台北平野を見渡せば
天下唯一の勝地かな  大嵙崁渓新店渓
基隆河の東西に  流れを合す淡水渓
観音山の英姿をば  浮べて広き神の国。
(四十二)
永福庄の道のに  反経石とふ大巨岩
よこたはりつつ磁石をば  吸ひとる名高き高原地
山々青く風清く  左手に青垣山聳え
静に暮るる極月の  宇都の景色ぞ珍らしき。
(四十三)
台湾神社の御分霊  いつきまつれる嘉義神社
神域清く美はしく  樹々もときはの色深し。
(四十四)
涼風臻る嘉義の町  とほく東南見渡せば
新高山は雲表に  雲をいただき聳えけり。
(四十五)
桧の木茂れる阿里の山  コバルト色にかすみつつ
黙々台南平原を  睥睨せるこそ雄々しけれ。
(四十六)
嘉義の御宮の神苑に  茂れる木麻黄もくまわう() 鉄刀木()
松柏金亀樹きんきじゆ()逞ましく  初冬の風になびきつつ。
(四十七)
白頭鵠()の囀り勇ましく  神韻あぐれ霊徳も
いやちこにして産土の  神とあれます尊とさよ。
(昭和二、一二、一八日台南にて)
(四十八)
松柏茂る台南の  北白川の神の森
影を潜めて白頭鵠()の  神の恵みを唄ひつつ
冬の最中も春の日の  陽気みなぎる貴の島
民はことごと睦ひつつ  御代の栄えを祝ふなり。
(四十九)
国のほまれも高雄の港  御代を寿山見れば
台湾八景の随一と  聞くも床しき島の影
出船入船行き交ひて  静に吹き来る海の風
治まる御代のためしとぞ  仰ぐも畏こき御聖跡。
(五十)
公園広き屏東街  相思樹松柏欄心樹
天を封じて影清く  能久親王斎きたる
阿緱神社は棟高く  輝き渡る朝日影
木麻黄() 椰子樹 檳榔樹  栄ゆる御代こそ目出度けれ。
(昭和二、一二、二〇日)
(五十一)
海抜一千尺高地  温泉に名高き関子嶺
空気は清く暖かく  からくれなゐの猩々木
道の左右をかざりつつ  木瓜やジヤボンの香も清く
ギスにコーロギクツワ虫  夜な夜な鳴ける面白さ。
(昭和二、一二、二一日)
(五十二)
天津御空も碧雲寺  晴れ渡りたる冬の日の
八十一度の暑熱をば  犯して登る大仙巌
枕頭山は蒼々と  樹木茂りて清らけく
下生弥勒や釈迦教主  祭れる庿のいや広く
白衣の神姿岩頭に  現はれ玉ふ火坑峯
拝むも嬉し今日の旅  昼眉姑白頭鵠()吐血鳥
啼く音も清き万寿菊  鶏頭や桃の花紅く
台湾無比の神仙郷  こころにとめて忘れまじ。
(昭和二、一二、二二日)
(五十三)
月日も清く澄み渡る  神のまします日月潭
湖面に玉藻の山浮べ  人畜住める中の島
浮島あまた風に散り  竹筏人家や独木舟
青垣山を囲らしつ  遊ぶも楽し神の湖
蕃人籠る石卵社  男女が唄ふ杵の歌
水の面に響く音の良さ  余所に見られぬ風情なり
真道の彦のその昔  高砂島をすくひたる
誠の鏡永久に  日月潭の名に遺る。
(昭和二、一二、二四日)
(五十四)
台中州にて名も高き  北白川の宮様を
斎き祭りし神社  台中県社に詣でんと
紫衣をまとひて賽すれば  老樹茂りて静かなる
公園池に波ただへ  宮のかたへの清泉は
真白に匂ふ水蓮花  白鳥浮ける如くなり
神職先導神前に  祝詞奏せば大棟に
羽色も清き白鷺の  とまりて雅趣添はりつつ
神域広くうしはきて  国の鎮めと現れませり。
(昭和二、一二、二五日)
(終り)

(参考)

●木麻黄…もくまおう。木麻黄科の高木。5~10メートルになる。観賞用、また砂防用。オーストラリア原産。写真1 写真2

●鉄刀木…「たがやさん」または「てっとうぼく」と読む。マメ科の高木。10~15メートルになる。インド東部や東南アジアに生える。Wikipedia

●金亀樹…きんきじゅ。マメ科(ネムノキ科?)の高木。写真

●白頭鵠…ペタコ。シロガシラ。写真


このページは出口三平氏が編纂した『台湾現地研修会資料』(1990年、愛善苑・発行)に収録されている資料を元に作成しました。
(作成:2007/10/3)
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