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綾部・熊野新宮神社と出口王仁三郎の謎

 熊野新宮神社は京都府綾部市並松町上溝口14に鎮座する。境内に出口王仁三郎の歌碑がある、大本と因縁の深い神社である。
 現在の宮司は出口孝樹氏。その前は出口榮二氏が宮司を務めていた。
 大本の聖地、梅松苑(ばいしょうえん)のすぐ北側にあり、みろく殿から直線距離でわずか150メートルほどしか離れていない。山陰本線の踏切を渡ってスグである。

 「熊野新宮」神社と名乗っているように、紀州の熊野三山(熊野本宮、速玉、那智の各大社)のうち、和歌山県新宮市に鎮座する熊野速玉大社(別名・熊野新宮大社)から勧請された神社である。平安時代末期、丹波の国守だった平重盛(1138~1179)が勧請したというので、創建されてから800年以上経つ歴史の長い神社である。

 しかし出口王仁三郎によるとその歴史はもっと長く、熊野三山よりも昔に創建されたのだという。

 太古に素盞嗚尊が出雲から出て来られた時に、本宮山(ほんぐうやま)の上に素尊の母神の伊弉冊尊をお祀りになり、熊野神社と名付けられた。その後、素尊は紀州に向かい、そこに新宮、本宮、那智の三社をお祀りになったのである──と王仁三郎は言う(※注)。元伊勢ならぬ元熊野…というのとは違うが、元祖熊野と呼んでもよいかも知れない。

 本宮山は梅松苑内にあり、天の御三体の大神が降られる至聖所になっている山である。その山の東面の中腹に熊野神社が建っていたのだが、綾部藩主となった九鬼家が伊勢の鳥羽から転封して来た時に、和知川(由良川)の畔に遷座したということである。社殿によると現在地に遷座したのは元禄11年(1698年)となっている。
鳥居 鳥居。
手前は駐車場になっている。
写真はすべて平成19年(2007年)8月に撮影したもの。
鳥居 柱の前後に「袖柱」という小さい支柱がある「両部(りょうぶ)鳥居」である。
社額 鳥居に懸かる扁額。「熊野新宮社」と書いてあるが誰の文字かは不明。
本殿 本殿。
境内 本殿から見た境内の風景。
鳥居を入ってすぐ右側、この写真で見ると左の方に王仁三郎の歌碑が建っている。
 王仁三郎は全国およそ40ヶ所に歌碑を建立したが、その一つ「熊野神社歌碑」は大正10年(1921年)1月に熊野神社境内に建立された。第一次大本事件がその年の2月12日に起きているので、建ててすぐ事件が起きたことになる。
 材質は仙台石。大きさは縦 8尺5寸(2.58メートル)、横 5尺2寸(1.58メートル)、厚さ 6寸(18.2センチ)。
 ただし昭和10年(1935年)の第二次大本事件で全国のすべての歌碑は当局の手により撤去され、そのほとんどは破砕されてしまっている。
歌碑 現在、熊野新宮神社に建っている歌碑(左の写真)は昭和43年(1968年)4月8日に再建されたものである。
歌碑 王仁三郎の和歌が二首、刻まれている。

「神の子の真心ささげて拡めたる神苑(みその)(すが)しも石の玉垣」

「苔(こけ)(む)して神(かむ)さび立てる常磐木の松に志るけし水無月の宮」
出口澄子の歌碑 本殿に向かって鳥居の手前左側には、二代教主・出口澄子の石碑が建っている。
「しみせんざんにこしおかけ うしとらのこんじん まもるぞよ」
(須弥仙山に腰を掛け 艮の金神 守るぞよ)
文字はお澄さんだが、文章自体は開祖の筆先からの引用である。

※注

 『綾の機』第11号(1983/7)の「聖地の勉強室(11) 本宮山(十一) 徳重高嶺氏に聞く(その四)」と題した記事に次のように書いてある(P5~6)。
── 紀州の熊野三社との関係ですが、聖師さまのお示しでは、紀州の熊野よりも本宮山の熊野神社が早いわけですよね。
徳重 昭和十年十一月号の「昭和」(大本の機関誌の一つ)に、聖師さまの「本宮山<鶴山>に就いて」という御文章が出ていますが、そこにはっきりと書かれています。「太古に素盞嗚尊が出雲から出て来られた時に、この本宮山の上に、素盞嗚大神の母神であらせられる伊弉那美尊様をお祀りになったのであって、これを熊野神社と名づけられた。その後素盞嗚尊は紀州方面に御進発になり、紀州にもまた神宮、本宮、那智といふ熊野三社をお祀りになったのである」とおっしゃっています。
── 一般には、平重盛の勧請ということになりますが、熊野神社は以前は本宮山の東中腹にあったとか……
徳重 そうです。田野川をはさんで南に那智山正暦寺。同じ位の高さの本宮山中腹に熊野神社があったのです。
── 今は桧が植林してありますが、そういえばお宮が建つ位のやや平たいところがありますね。
徳重 先程の聖師さまのお言葉の続きに「本宮山にあった熊野神社は、九鬼家が伊勢の鳥羽から転封して綾部に移り住む様になった時、現在熊野神社のある和知川畔にお遷し申した」と言われております。本宮山が本来の地ですね。(略)」
 正暦寺(しょうれきじ)とは本宮山のすぐ南側にある真言宗のお寺で、「那智山」という山号を持っている。
正暦寺の山門 那智山正暦寺の山門。
正暦寺のお堂 正暦寺のお堂。

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